感想と学び35作目「羊をめぐる冒険」

今までインプットをおざなりにして生きてきたことを反省し、アニメや映画やラノベを見てブログに感想と学びを書いていこうと思い立ちました。

そうして始まった【感想と学び】シリーズの34作目、小説【羊をめぐる冒険】を書いていきます。

ネタバレもちろんあります。作品の説明は最低限にしかしません。

※私は村上春樹さんの作品を読んだことがなく、また今作において参考にされたらしい文学作品のことも読んだことがないので、あくまで初見かつ単体で読んでみた上での感想と考察を書いていきます。全く的外れなことを書いていたとしてもご容赦ください。


簡単な紹介

日本を代表する作家・村上春樹の初期の作品。彼の作品を読むにあたって数人の読者に話を聞いたところ、全員が名前を挙げたのが今作だったために読むことにした。彼の代表作品の一つという認識である。

どうやら鼠三部作なるものの最終作のようではあるが、単体で読んでいて全く困らなかった。いや読んでみれば鼠を中心に感じ方も違うのかもしれないが、今作単体で読んで問題ないことは読者からも確認を取ったのでおそらく問題がないだろう。

あらすじは少々難解だが、簡潔に書くともうすぐ30歳を迎える主人公「僕」がこの世にいないはずの不思議な羊を探すよう求められ、探していくうちに故郷で出会った旧友と再会し、そして別れるというもの。出会いと別れというよりは別れが主体であり、最後のシーンも主人公は1人である。

ミステリー的な雰囲気を持ちつつ謎解きなわけではなく、ホラー的な要素も若干なくはないがハラハラを楽しむ作品ではない。恋愛もあるにはあるが中心的人物は男性が過半となる。ではどのような作品かというと、主人公の独白や描写を楽しむ作品ではないかと感じる。

心の中でウダウダ語っている退廃的な主人公が巻き込まれてやれやれと言っている間に己と対話を重ねてなんとなくスッキリして終わる感じの内容で、前進しているかはわからないが、そういう方向性としてはFF8や俺ガイルなんかが近いかもしれない。当然ながら今作の方が遥かに先行作品である。

羊=悪魔=情熱

今作における「羊」とは実に不思議な生き物で、通常の羊とは違って中国大陸のどこかの洞窟で羊博士が出会った精霊的な存在です。羊は人の中に入って概念的な存在として寄生し、宿主に強大な力を与えるかわりに用が済んだら別の人に移り、羊がいなくなった宿主は「羊抜け」という燃え尽きた廃人のようになってしまいます。

代償を伴う代わりに大きな力を得るのはさながら悪魔契約ですが、今作はその羊を探した末に羊のいなくなった世界に主人公が歩み出すという結末であり、したがって私は羊とは人の持つ強い情熱なのではないかと解釈しました。

もうすぐ30歳になる主人公は20代を振り返って「この10年間は実に空虚だった」という風に感じていて、それは「大学在学中にセックスしたことのある女」が死んだことに端を発していました。別れた妻に対しても飼っている猫に対しても関心がなく、自分のことばかり考えています。まさしく羊抜けの状態に思えます。

セックスしたことのある女も、別れた妻も、主人公の空白に気づいていたのでしょう。女の「抱かれていると無性に悲しくなる」とかはその提示であると解釈しました。一方でガールフレンドは耳を持っていたために違いました。彼女といると主人公は空白ではなかった、とすれば彼女は耳=羊を連れてきたわけです。

作品前半で主人公が鯨のペニスに魅入った話があるのですが、これはつまり象徴だと思います。その存在とは切り離された象徴に魅入ったということで、そのあと登場する「耳の美しいガールフレンド」における本人と切り離された耳と掛かっています。耳=羊の提示です。

主人公はこの耳に魅了され、耳を出す彼女と耳が受信する信号によって道北の別荘まで誘導されるわけです(秘書の依頼は動機ではなく名分です)。そしてガールフレンドは主人公を別荘まで送り届けると役目を終えたように退場してしまいます。

作品内では羊男が「ここに連れてきてはいけない女性だったから帰るよう伝えた」とありますが、狂言回しとしても用済みであり、彼女が持っていた耳、すなわち彼女自身とは切り離された羊は主人公を誘導する役目を終えたので、羊と主人公のみの世界に彼女はいてはならないから退場させられたのです。

羊の抜けた人は若者が持ち合わせている強い情熱を失って燃え尽きた大人になってしまいますが、彼女は耳を自分自身と切り離して生きていたため、耐えられたのでしょう。耳を死なせているというやり取りはその提示だと思います。

別荘=精神世界の深層

北海道の奥地にある十二滝村(町)に向かっていくのは己の精神世界における深みへの潜水だと思います。そこはあの世にも近い不思議な異世界(羊男はアイヌの青年の亡霊ないし主人公の中にいるアイヌの青年の幻影ですよね)で、この世ならざることを明示しているのは精神世界であることの明示だと捉えました。

廃れゆく町は主人公の終わりゆく20代のメタファーであり、その町が消えるとなると残りたくなるという町の人の話は主人公が空白であると見做しながらも20代に愛着を持っていることを提示していると思います。

なおこれは鼠が羊を抱えて自殺していることの伏線にも感じます。鼠は自分の弱さを愛しているからという話をしていましたが、つまりそれは羊とは弱さを覆い隠してしまう(=情熱による自己肯定)存在であり、主人公の深層における自己愛が鼠の自死によって表現されているのかなと。

決定的な境界は「不吉なカーブ」で、耳すら持たない管理人はこの先に進めませんでしたし、耳が役目を終えて羊抜けとなったガールフレンドもここから降りてしまいました。

一方でこの先でのみ会えた羊男や鼠、招待されて向かった秘書、究極的には羊の介在する登場人物たちは主人公の精神世界の深層に立ち入れる存在なわけで、であるからして主人公の精神世界の住人(=自分)ということになると思います。自己対話における相手なわけですよね。これは別荘の中で鏡の自分を別人のように認識している描写でも提示されています。

別荘は冬になると豪雪で閉ざされてしまって、冬が明けるまで戻れません。それは終焉であって死であり、実質的なタイムリミットです。これも20代が終わるまでの僅かな期間を指しています。

そうした別荘における羊男との対話、そして闇のなかで行われる既に死人となっている鼠との対話は主人公が20代と羊=情熱(=主人公が探していたもの)に別れを告げるためのものでした。そして20代の終焉、羊のいない世界への諦観に対して、前向きに捉えていく一助を得ます。

鼠との会話において「寒いからビールは飲まない」と言っていた主人公が飲んでみると意外と寒くなかったという発見をするのは、羊のいない世界へ進むこと(情熱を忘れた30代への突入)にも温かみがある、悪いことばかりでないし無味乾燥したものでもないという、不安を払拭すると言ってしまうと表現がズレている気がしますが、主人公が人生をリスタートする(30代の10年間を始める)にあたって前向きになることを指していると思います。

だから「いるかホテル」に帰って羊博士に会った時、「おまえは生き始めたばかり」と言われるんじゃないかなと。そしてこのことは、耳の美しいガールフレンドに対して耳を隠していてもそんなに悪くなかったと感じているあたりが、ヒントというか伏線というか、示唆だったのかなと思います。

まだわからないこと

十分に咀嚼できてない段階で感想を書くなよという話ではあるんですが、一晩かけてわからなかったので今後への課題としてここに書いておきます。

・羊の頭数が32だったり31だったりに見えるのは何の描写だったのか。
→朧げで不安定、幻想的な存在であることの提示?

・「16歩の礼儀正しい酔っ払い」のシーンの意味は何か。
→全くわからない。自分のことしか考えてないことの表現?

・離縁した妻とのセックスした回数を数えようとする描写の意味は何か。
→数えようとしたけど覚えてないし不正確なら数える意味がないとかすぐ自分でツッコミを入れているのがシュールで思わず笑いました。スリップも含めて大して意味のないことへのこだわりを示していた? 羊の頭数を数える描写と関連している気もする……。

・ジェイズバー、ジェイが中国人であることの意味とは。
→ジェイが中国人なのと羊が中国由来なのは何かあるんですかね。中国人である必要性が全くないので何もないことはないと思うんですけど、まとまらないです。

・昔セックスした女、が25で死にたいと言っていたのに26で事故死したことの意味は何か。
→章の最後の文章なので間違いなく意味はあるんでしょうけど、これがどうにも分からないです。自分が認識しているに過ぎない彼女と実像の彼女は異なっていた(主人公と別れてから25で死ぬ動機を失った)ということなんですかね。彼女についてはピクニックもよくわかりませんでした。

・羊の序列の話は何を指しているのか。
→羊に序列がある上で序列1位の羊が種牡として集団から抜けて種付をしてげっそり痩せた状態で帰ってきて序列の再編のためにボコボコにされるというのは、羊抜けのメタファーであるように感じました。しかしここで改めてメタファーが用意されたのは何故でしょう。答え合わせですかね。

・共同経営者が会社を解散させた理由は何か。
→これは仮説として耳同様に羊の切り離しがあるのかなと思っています。羊は友人にとっての仕事への情熱であり夢で、主人公は昔に戻ればいいと言いますが友人は別のことを始めることにしたと、お互いにリスタートしたのかなと思いますが、自信がないです。

・先生は鼠の父親なのか。
→鼠の父親はお金持ちらしく、先生は実は村の出身ですし、そのうえで鼠は村に縁があって別荘を借りるあたり提示されているようにも思えるのですが、親子だから羊によって継承者に選ばれたのか、継承者に選ばれたから行き着いたのかがまとまらないです。

書き並べていくとキリがないような気がしますが、ひとまずこの辺りですかね。

「こういうことなのでは」みたいな解釈を持ち合わせている人は教えてください。

感想

面白かったですね。
冒頭でも書いたように村上春樹の本を読むのは初めてでしたが、人気なのも分かるなぁという感じでした。

若干や文体に癖がある気がしますし人は選ぶかもしれませんが、私は合っているタイプでしたね。というか私もモノローグ書こうとするとあんな感じになっている気がします。母親が村上春樹のファンなので、遺伝というか環境によって文体にも影響があったりするんでしょうか。

好きなキャラはと言われたら、やはり耳の美しいガールフレンドですかね。彼女との会話は心地いいです。秘書も結構良かったですが、秘書とはセックスできないという点で彼女の方が幅がある気がしました。耳を出すか出さないかで変身できるのはアクセントに良いですね。

好きなシーンは、やはり最初に羊の単語が出てきた時ですね。ガールフレンドが事後だか夜明けだかに「羊の話でしょ」みたいなことを言うシーン。ゾクッとしました。

作品のタイトルって、最も最初に読者へと提示される作品のヒントなわけですよね。読者は読み始める段階で文字通り「羊をめぐる冒険」であろうことを予想して、また期待して読んでいくわけで。

タラタラと昔セックスした女とのカフェでの出会いとかから始まって、およそ羊をめぐっての冒険など始まりそうにない雰囲気で読み進めていったところでのアレですからね。ドラクエ7じゃないですが、やはり冒険というのは日常から非日常へ踏み入れる瞬間にワクワクするものであって、そのためには日常が必要になってくると私は思っています。

面白かったので、少し期間が開くとは思いますが、村上春樹のほか作品も読んでみようと思います。