インリアリティ ~50年の血統物語~

1964年、米国フロリダ州でIn Reality(インリアリティ)という馬が誕生しました。

世代上位の実力はあったものの、同世代にDr.Fager(ドクターファーガー)・Damascus(ダマスカス)という怪物が2頭いたためにボコボコにされてしまいます。
あまりにも相手が悪すぎたというべきでしょう。

4歳まで走り、通算成績は27戦して14-9-2-2。
競走馬としては上述2頭の後塵を拝したIn Realityですが、種牡馬となるやいなや2頭に負けず劣らずの成績を残しました。

Dr.Fagerと同じフロリダ州での種牡馬入りながら、その血は現代までGodolphin Arabian(ゴドルフィンアラビアン)の父系を存続させるにも貢献し、さらには母系に入って多くの名馬・名種牡馬を輩出していきます。

やがて50年の時を経て、海を越えた日本競馬で無敗三冠馬コントレイルのスピードの源泉に……。

同世代の怪物にボコボコにされた馬の血が、半世紀後に同世代の馬達をボコボコにする怪物を生み出す。

壮大で痛快な、血統ロマンを紹介します。


インリアリティの血統

In Realityを語るにあたり、まずは彼自身の血統を見ていきましょう。

〇父Intentionally(インテンショナリー)
現役時代は6歳まで走って34戦18勝。2歳下のケンタッキーダービー馬Carry Back(キャリーバック)に勝利するなど息長く活躍しました。距離はマイル以下。
フロリダ州で種牡馬入りして、In Realityの他にDr.Fager半妹のTa Wee(タウィー)を輩出しています。(※Ta Weeは21戦して15-2-1-3という強豪スプリンター)

〇母父Rough’n Tumble(ラフンタンブル)
自身の競争成績は目を見張るところはありませんが、In Realityの母親である最優秀2歳牝馬My Dear Girl(マイディアガール)、In Realityの前に立ちはだかった怪物Dr.Fagerを出したことで血統表に名前を刻みました。
なおRough’n Tumbleの母母父はUpset(アップセット)。あのMan o’ War(マンノウォー)を唯一破った馬です。Upsetには「番狂わせ」という意味があります。Blame然り、運命かのような名前ですね。

In Realityの血統において目を引くのは、やはりWar Relic(ウォーレリック)3×3のクロスでしょう。

インブリードのインブリード

War Relicは言わずと知れたMan o’ Warの産駒。

蹴り殺したなんて話もあるほど気性が悪かったというWar Relic。
In Reality内に濃厚なクロスを形成する彼もまた濃厚なクロスを抱えた血統でした。

Rock Sand(ロックサンド)の3×3、Fairy Gold(フェアリーゴールド)の3×3。

Rock Sand
父Sainfoin(セインフォイン)
母父St.Simon(セントサイモン)、その父Galopin(ガロピン)
母母父Hermit(ハーミット)
母母母父Stockwell(ストックウェル)
Stockwellの多重クロスです。

Fairy Gold
父Bend Or(ベンドア)
母父Galliard(ガリア―ド)、その父Galopin
母母父Hermit

見てもらえばわかるように血統構成が似ていますよね。
まぁこの時代はHermitやGalopin-St.Simonの親子が何年も連続でリーディングを取っているので、普通に当代の主流種牡馬を配合しているだけとも言えますが……。

Rock SandとFairy Goldの血統が似ている上に、Rock Sandの中にはStockwellの多重クロスまである。
そんな二頭をそれぞれ3×3という濃さで掛け合わせているので、我々からしてみるとかなり挑戦的な配合ですね。

まさしく、In Realityは濃いインブリードの馬で濃いインブリードを作って生まれたわけです。

ちなみにですがRock Sandは英国の第十代三冠馬。
日本の初代三冠馬セントライトはRock Sandの3×4のクロスを持っています。

50年の旅路

種牡馬となったIn Reality。
彼は父としても母父としても活躍馬を出しました。

Desert Vixen(デザートヴィクスン)
In Reality産駒。米G1を8勝した名牝です。
リアルシャダイの母でもあり、日本競馬に莫大な影響を与えています。

Meadow Star(メドウスター)
父Meadowlake(メドウレイク)
母父In Reality
Meadowlakeの特性を継いだのか非常に早熟で、2歳時に限れば歴史的名牝と言えるものでした。

Toussaud(トゥーソード)
父El Gran Senor(エルグランセニョール)
母父In Reality
Empire Maker(エンパイアメーカー)の母となる牝馬で、自身もG1を勝っています。
また祖母として孫にFirst Defence(ファーストディフェンス)を出しており、この馬は種牡馬として社台SSが導入したSiskin(シスキン)を出しています。

Known Fact(ノウンファクト)
In Reality産駒。欧州で走りました。
Nureyev(ヌレイエフ)に2000ギニーで繰り上がり勝利したのが有名なマイラーです。

Known Factは種牡馬としても活躍し、Warning(ウォーニング)を出しました。
Warningからは日本最速とも言われるカルストンライトオや、日本競馬史の闇の一つでもあるAnnus Mirabilis(アヌスミラビリス)らが出ています。

父系はさらに伸びており、Warningの産駒に安田記念で2着に走ったDiktat(ディクタット)が、そのDiktatから欧州の名スプリンターDream Ahead(ドリームアヘッド)が出ています。

Dream Aheadはまだ現役の種牡馬で、Godolphin Arabian系の存続がかかっているので、是非とも頑張ってほしいですね。

傍流血統の衝撃 リローンチ

1976年、In Reality産駒にRelaunch(リローンチ)という馬が生まれました。

同世代にSpectacular Bid(スペクタキュラービッド)という破壊的に速い馬がいてボコボコにされてしまったことを父譲りと言うのは少し気の毒ですが(大逃げしてるのに早々とつかまって15馬身とか千切られてます)、そもそもRelaunchは父In Realityのように世代上位の実績を残していたわけでもありません。

ただ血統的に言えばそれは当然というか、Relaunchの血統表にはNorthern Dancer(ノーザンダンサー)はおろかNearco(ネアルコ)も、それどころかPhalaris(ファラリス)すら入っていません。ちなみにHyperion(ハイペリオン)もいません。

血統好きかつ100年前とかの競馬を調べてる人じゃないと知らないような、今ではすっかり廃れてしまった血統が並んでいます。よくこんな配合をしようと思えますよね。
しかもこの血統かつG1未勝利なのに種牡馬入りしてしまうという驚き。

そしてさらに驚きべきことに、Relaunchは種牡馬として活躍します。
初年度産駒Skywalker(スカイウォーカー)がいきなりサンタアニタダービーを勝利。4歳時にはBCクラシックを勝ってしまうのです。

馬産の規模が凄まじいアメリカだからこそというような夢のある話ですね。

天敵との共演 アンブライドルド

1987年、フロリダ州にて生産されたUnblidled(アンブライドルド)という馬はケンタッキーダービーとBCクラシックを同年制覇し名を馳せました。

そんな彼の血統には、In Realityを幾度となく粉砕したあの馬の姿もありました。

〇父Fappiano(ファピアノ)
Fappianoは大種牡馬Mr.Prospector(ミスタープロスペクター)がまだフロリダ州所属の無名な時代の産駒です。競争成績は大きいレースをそこまで取っていませんが、そのスピードは評価され種牡馬として大活躍しました。
UnblidledはそんなFappianoの代表産駒にして後継種牡馬です。

〇母父Le Fabuleux(ルファビュリュー)
Le Fabuleuxはシーザリオの母母母父にして影響力が大きいと言われている仏国馬で、早熟かつ中距離を走れるという特性があります。シーザリオ産駒のエピファネイアにも通じますよね。
ちなみにフジキセキの母父でもあります。なおフジキセキの母母父はIn Realityです。

Fappiano × In Realityというのは他にも実績馬を出しています。ニックスだという人もいます。
Fappianoは母父にDr.Fagerを持っているので、Rough’n Tumbleを掛け合わせることに効果があったのかもしれませんね。
Unblidledの場合はそれに加えてDr.Fagerの母のクロスも作っています。これは意図的でしょう。

20年の時を超えて、In RealityとDr.Fagerは種牡馬として共演し、Unblidledという競走馬としても種牡馬としても怪物である馬を生み出したのでした。

1993年、種牡馬となったUnblidledがいきなり初年度に送り出したのがUnblidled’s Song(アンブライドルズソング)です。

BCジュベナイルなどG1を勝利。Unblidled産駒の初G1はUnblidled’s Songです。
そして種牡馬となったUnblidled’s Songは父譲りの能力で活躍馬を出していきます。

ここでもIn Realityは活躍しています。
例えばBCディスタフを勝ったUnblidled Elaine(アンブライドルドエレイン)の母父父はIn Realityです。
また名牝Rachel Alexandra(レイチェルアレクサンドラ)を破ったこともあるUnrivaled Belle(アンライバルドベル)は母父がRelaunch系です。
他にもいますがこの辺で。

Unblidled’s Songは母父としても大活躍しますが、父としての一番の仕事は何といってもArrogate(アロゲート)を出したことでしょう。

BCクラシックでは二冠馬California Crome(カリフォルニアクローム)との名勝負、そしてドバイWCでは最後方からのぶっこぬきという衝撃の勝ち方を披露した豪傑でした。

このArrogateの三代母はMeadow Star。上で紹介した早熟の名牝です。
したがってArrogateの四代母父はIn Realityなのでした。

傍流血統がつないだ英雄 ティズナウ

1997年。カリフォルニア州で生を受けたTiznow(ティズナウ)は、Relaunchを祖父に持つ孫でした。

傍流血統の見本市のような血統表だった祖父とは違い、TiznowにはLyphard(リファール)、Seattle Slew(シアトルスルー)といった見慣れた名前が並びます。
その血統を証明するように、Tiznowはじりじり伸びる粘り強い走りを見せる馬でした。

Tiznowの成績と言えばやはりBCクラシックの連覇です。
一度目はエイダン・オブライエンが送り込んできた蒸気機関車Giant’s Causeway(ジャイアンツコーズウェイ)、二度目は凱旋門賞勝利から参戦してきたSakhee(サキー)と欧州の強豪馬と叩き合って勝利しました。

特に二度目のBCクラシックは同年に9.11同時多発テロ事件が発生していたこともあり、TiznowがSakheeにハナ差競り勝ったことは米国民に大きな感動を呼んだと言います。
Relaunchという傍流血統の種牡馬から繋がれた血が国を照らす英雄となったのでした。

そんなTiznowが種牡馬となり2003年に生んだ馬がFolklore(フォルクロア)です。

Tiznow初年度産駒であるFolkloreは2歳時にG1を連勝して注目を集めました。
けがにより早期引退となった彼女ですが、祖母としてあの馬を出すことになります。

無敗の三冠へ コントレイル

2017年。日本のノースヒルズが生産したコントレイルは、天才と呼ばれた馬でした。

生まれつき持った抜群のスピード。とりわけ東スポ杯2歳Sで見せた圧倒的なパフォーマンスは、今後もきっと語られていくでしょう。
それでいて彼は泥臭さも見せる馬でした。馬場に足をとられた大阪杯でも休み明けの天皇賞・秋でも馬券は外さず、かつグランアレグリアに先着を許さなかったことは、彼の才能よりも精神の部分に由来すると思います。

そんな彼の血統を見てみましょう。

上述のFolkloreにUnblidled’s Song→ディープインパクトと交配したのがコントレイル。
母ロードクロサイトは未勝利のまま引退した馬ですが、その血統には見るものがあります。

〇ロードクロサイト
父Unblidled’s Song
母父Tiznow
母母父Storm Cat
母母母父Fappiano
母母母母父In Reality

父Unblidled’s Songは、その父Unblidledが母母父にIn Realityを。
母父Tiznowはその三代父にIn Realityを。
そして母母母母父にはIn Reality自身がいます。

In RealityとFappianoのクロス。その関係性の良さを強調した配合なのが分かりますね。

そうした血統に背中を押され、2020年にコントレイルは無敗でのクラシック三冠を達成します。

In Realityが種牡馬入りしてから、およそ50年後のことでした。

次の50年へ

In Realityという馬を知っている人は、そう多くないと思います。
血統に興味がある人や海外競馬が好きな人くらいでしょうか。

しかしそのIn Realityが、時をこえて今でも快速馬を輩出している。
知ったところで何かの役に立つわけではないですが、競馬にはこういう楽しみもあるんですよね。

コントレイル産駒のデビューはまだですが、今回の記事を読んでコントレイルが次の50年へとIn Realityの血をつないでいくことを楽しみにしていただければ幸いです。