アニメとビジネス①花咲くいろは ~聖地・石川県湯涌温泉~

「P.A.WORKSのお仕事シリーズ」と言えば、それだけで伝わるくらいにはオタクの中ではブランドとして確立されていますが、その先駆け的な作品が【花咲くいろは】

舞台は石川県の金沢市。駅からバスで1時間ほど進んだ先にある小さな温泉街・湯涌温泉。
旅館で働く人たちを描いたアニメです。(作中では違う名称)

2011年の放映ですが、10年以上経った今でも多くのファンがいて新たなグッズが発売されている人気ぶり。そんな湯涌温泉は、アニメの聖地における成功例とされることがしばしばあります。

その理由は、この地で10年以上続いている「ぼんぼり祭り」。
なんとこのお祭り、アニメの中に登場する架空のお祭りを湯涌の町が逆輸入したものなんです。

どうやって続けてきたのか。なぜ続けられたのか。
湯涌温泉の成功例は他の地域でも再現できるのか。

調べてみました。

※この記事では下記の湯涌ぼんぼり祭りの本や各社の報道記事を参考資料として書いています。
また湯涌ぼんぼり祭り実行委員会の山下さんにもオンラインでのインタビューにご協力いただきましたので、そちらも参考としております。

湯涌ぼんぼり祭り2011-2021 ~アニメ「花咲くいろは」と歩んだ10年~

アニメから始まった“伝統”

アニメ【花咲くいろは】の作中で登場する「ぼんぼり祭り」

神無月に出雲へと帰っていく女の子の神様が道に迷わないようにぼんぼりで照らしてあげると、お礼として吊るされた札に書かれている願いをかなえてくれるというお祭りです。

アニメから始まったイベントが地域の新たな伝統として続いている。
世界的にも希少であろうこの現象は、いったいどのようにして実現したのでしょうか。

まずはお祭りの始まりから紹介しましょう。

金沢の奥座敷からアニメの聖地に

湯涌温泉の方達は、アニメに詳しいわけではありませんでした。どちらかと言えばアニメにもアニメファンにも良くないイメージがあったと本にも書かれています。アニメの「聖地」となることにも否定的な意見は多かったそうです。

アニメスタッフからアニメの舞台にしたいという話を受けたのは2009年の終わりごろ。
機密事項ということもあり、観光協会の一部の人以外は知らされていませんでした。

アニメの放送が始まるとオタクたちが温泉街を訪れるようになります。彼らが楽しげに写真を撮影する姿は湯涌において珍しいものでしたが、オタク達の行儀がよかったために湯涌の人々はオタクへの印象が変わったといいます。

そしてオタクたちの”聖地巡礼“と呼ばれる行動はビジネスの面からも効果がありました。

お察しの方もいるでしょうが、2011年は東日本大震災の影響で全国的に自粛ムードが漂っていました。延々と同じCMが繰り返され、襲い来る津波や泣き叫ぶ人々、瓦礫の広がる土地がひたすらにテレビで流れました。日本全体が暗くなり、まるで楽しむことが不謹慎であるかのような風潮すらありました。

そうした自粛ムードは観光業界も苦しめました。湯涌温泉も例外ではなく、ゴールデンウィークをはじめとして埋まっていた予約が次々とキャンセルされていきます。まさしく電話をとるたびに予約がキャンセルされていくという事態だったそうです。

しかしながら、アニメ放送の影響でオタクたちの予約がやってくるようになりました。全国的に多くの旅館やホテルが前年比マイナス収支になるなかで、湯涌温泉はプラスになったとか。
「アニメの力を思い知ることになりました」と山下さんも振り返ります。

そうした下地の上に、ぼんぼり祭りの実現がありました。

湯涌ぼんぼり祭りの開催へ

実はこのアニメが放送される3年前、湯涌の町は浅野川水害と呼ばれる水害に襲われていました。

復興を記念して何かしたいと考えていたところに、アニメスタッフから聞いた「ぼんぼり祭り」を山下さんは素敵な祭りだと感じ、これを復興記念も兼ねて実際にお祭りとしてやってみるのはどうかと考えたそうです。

そうして湯涌温泉側から製作委員会へ打診したのは、放送開始直後である2011年の4月のことでした。

ただし実際には存在しないお祭りであり、どれくらいの人が来てくれるかもわからない。お金を集める必要があるし、時間も余裕がない。
まだアニメが放送されていないこともあり全体像も見えていないなかで、山下さんたちは本業をこなしつつ時には夜中にまで活動して準備を進めていくことになります。

そこでどれくらいの規模となるかを想定するため、一計を案じます。
それはぼんぼり祭りに使用するぼんぼりの「点灯式」を行うことでした。

点灯式が行われたのは夏を迎える7月のこと。
大々的な告知がされたわけではありませんでしたが、当日には500人以上が訪れました。
これを受けて、ぼんぼり祭りの本祭では3000人という数が推定されました。

4月に委員会へ持ち上げた話、開催されたのは10月のため準備期間は半年。
最終的なFIXは本番わずか数日前、実質的に当日まで準備に追われていたそうです。

それでも本番は予想を上回る5000人以上が来訪する大成功
数もそうですが、その客層がこれまでの湯涌温泉のメイン層ではなかった若者だったことも大きかったと言います。

またこの本番にあたってファンが自主的にゴミ拾いを行うなどの姿も見られ、当日まで祭り開催に懐疑的だった人達も協力的になっていきました。

継続してこその伝統

貞観政要にある有名な問答として「創業と守成はどちらが難しいだろうか」というものがあります。
新たに始めることと同じくらい、それを続けていくこともまた難しい。

第1回湯涌ぼんぼり祭りを成功させた山下さんたちが次に目指すのは、ぼんぼり祭りを伝統として続けていくことでした。

後述するさまざまな課題の克服、そして新たな挑戦へと向かっていきます。

イベントではなく、伝統

続けていく上での課題は沢山ありました。

まず、お金はどうするのか。2回目以降は何人来てくれるのか。人を呼ぶにはどうすればいいか。逆に人が来すぎてしまったらどうするか。運営は誰がやっていくのか。アニメとの距離感はどうするのか。

山積していたものは湯涌だけが抱える問題でなく、聖地として何かをするからには他の自治体でも大なり小なり向き合っていく必要があるものだと思います。それぞれの自治体によって解決方法も違うでしょう。

模範解答としてでなく、湯涌温泉と花咲くいろはにおける一つの成功例として紹介します。

予算をどう調達するか

ぼんぼり祭りの企画を持ち上げた時から、山下さんたちは行政に予算の援助について掛け合っていました。しかし企画先行で祭りのイメージも伝わりにくかったこともあり、当初は「取り付く島もない」反応だったそうです。

ただ祭りの成功と共に地域のお祭りであるという部分も認められ、現在は金沢市から予算が200万円出ています。(2024年度。ソースはこちら
この200万円という数字は金沢の行政規模や湯涌の町の人口を考えれば決して小さくありませんが、しかし200万円では運営していくのに到底足りません。

そこでまずはグッズ販売を行いました。版権をP.A.WORKSに書き下ろしてもらって毎年新たなグッズを製作。それをお祭りに合わせて販売し、売り上げを運営資金に充てたのです。現在はオンラインでも販売されています。→オンライン販売サイト

山下さんたちは「アニメをつかってお金儲けはしない」をモットーに掲げており、これらのグッズもあくまでぼんぼり祭り実行委員会としての製作と販売に限っています。グッズとして売るためのグッズは作らないということを大事にしているそうです。

続いて、協賛を募りました。

ぼんぼり祭りに先立って、点灯してからの期間中にぼんぼりを温泉街に飾ります。これを個人協賛という形で募集し、参加してくれた人のために写真に撮って公開しています。お祭りに参加しているという感覚が得られる魅力が売りです。
これはファンからすればアニメの舞台に登場しているような体験になりますし、このお祭りを応援しているという実感にもなるでしょう。

そして法人の協賛も増えています。これは年々お祭りの知名度が上がり地元民への浸透度もあがったことで、より協賛の申し出も増えているのだろうと山下さんはおっしゃっていました。これは継続してきたからこその強みです。どのようなことが行われているか、口や資料で説明されるより実際に見た方がずっと早いですからね。

これらの活動が功を奏し、現在は継続に目途が立っているようです。
今ではアニメ発祥のお祭りであることを知らない人も増えており、アニメのキャラが描かれていないポスターも描かれています。やがてはアニメファンの力がなくても運営できるようになっていくかもしれません。

来場者数はどうするか

お祭りとしてやっていく以上、遠方からの人を呼ぶよりも先に地元に周知することが目標となりました。

湯涌の町は石川県の県庁所在地である金沢ではありますが、金沢駅からは離れた山の中にあります。そのためポスターなどだけでなく、新聞に掲載することにしました。同時にアニメファンに向けてもSNSやHPで宣伝します。

その甲斐もあって、来場者はどんどん増えていきました。
2回目には7000人、3回目には1万人、6回目には最大となる1万5000人が来場。
最初の方は声優などのアニメ関係者が招待されていましたが、それをなくした6回目や7回目でも1万人以上が訪れたことは、失礼ながら湯涌温泉の規模からはなかなか考えにくいことです。

しかしこれだけの人数は、明らかなキャパオーバーでもありました。

湯涌温泉の宿は、一部屋に定員の人数が入っても最大で500人ほどのキャパです。駐車場だって数千人を収容するような数はありません。金沢駅からバスが出ていますが、これもまた数千人を運ぶような規模ではありません。1000人が訪れるだけでもキャパオーバーと言えるかもしれない。それが、10倍。

キャパオーバーの問題は複数挙がりました。通信がつながらなくなる、車やバイクでやってきて路上に駐車される、ゴミが増える、何よりお祭りの満足度が維持できない。

コロナ禍による2年間の中止をはさんで今は人数に制限をかけています。やむを得ない判断ではありつつも、コロナによりオンライン化の流れが出来たことが後押しにもなりました。人数は約3000人。それが金銭面とキャパシティの折り合いのつく数字だったとのことです。

屋台を出店したりイベントを開催する以上、その予算は回収する必要があります。グッズ販売においても、やはり直接対面で売るのとオンラインで販売するのとでは買う側の財布の紐も変わってきてしまいますから、地元の人だけでやればいいやとはなりません。

入場者の選別には、その日に旅館に宿泊する人や個人協賛者などの条件をつけています。

それから、移動基地局の導入によってネット環境の改善を行ったり、記念乗車券を発行したりと、都度都度状況に応じて対応策を練ってきました。そうした改善の末に現在は見通しが立っています。

考察・感想

湯涌温泉がアニメ聖地として成功した要因の一つに目標が明確だったことがあると思います。

お祭りを始めるにあたって、地元のお祭りとして成功させ継続させることがハッキリと目標として掲げられていました。アニメに頼って儲けようとしないという意識統一ができていたのが大きいかなと。

別に儲けるのが悪いっていう話ではなく、成功条件を明確にして戦略を決定しないと個別の施策がチグハグになりかねないんですよね。今回は「地域のお祭りとして開催し継続させる」ことを目標としていたので、お祭りに人が来れば来るほど良いというものでもオタクを全国からかき集めれば良いというものでもありませんでした。

その点で、第一回の開催前に点灯式を行ってお祭り当日の来訪者に目処を立てたことは大きいと思います。結果として山下さんらの想像を超える人数が集まったわけですが、こうしたinとoutを意識していた運営だからこそ、地域のお祭りとして折り合いをつけられる現在の状況を構築できたのだと思います。

お祭りにおける花咲くいろはの濃度を少しずつ薄めつつ、それでいてお祭りにおける演奏などでは一曲は花咲くいろは関連の曲を組み込んでもらうといったオタク側と地元側とで片方に偏らないスタイルも、目標が明確であればこそです。

そして湯涌温泉での成功から学ぶべきポイントは継続することの効果だと思います。

言ってしまえば誰かが思いつきで始めた企画に大金を投じてくれる企業や資産家は多くないと思います。自治体や行政はその組織の性質上、動き出しは鈍くなりがちです。

そうした人や集団を巻き込んで展開していくには、実績を積み重ねていくしかありません。そのためには小規模でも成功させていくことが重要で、湯涌温泉も何年も連続で成功させ、その度に問題点を改善してきたからこそ地域に認められたのだと思います。

最後に、湯涌温泉でのぼんぼり祭りの成功には当然ながら湯涌温泉そのものに魅力があることを書いておきます。

私も実際に2023年冬に足を運びましたが、なるほど素晴らしい温泉街でした。
街というか、通りというか。私は兵庫県の出身で現在は東京に住んでいますが、都会から離れた本物の田舎の雰囲気を味わえて気持ちよかったです。

凄く落ち着きのある温泉街でしたし、残念ながら宿泊はできなかったのですが、温泉も気持ちよかったです。私が訪れた際のレポートは下記の記事をご覧ください。

どんなイベントも、結局はきっかけです。リピーターを増やすには地域そのものの魅力が必要だと思います。そう言ってしまうと観光資源が必要な気がしてしまいますが、私は観光資源もきっかけだと思うんです。

自分が生まれ育った地域なら、そこに何もなくても定期的に訪れたくなる。友達に会えなくてもいいし、親と会うだけなら地元である必要はないけれど、愛着があるから帰省します。

それと同じで、その地域の何気ない景色、温度、風、草木、花、遠くに見える山や川の色、そして道を歩いている人や店員さんなんかが、町の雰囲気として魅力になると思います。それは人が住む集落なら、日本のどこであろうと持ちえるものではないでしょうか。

アニメをきっかけにして湯涌の町や山下さんらを好きになり、毎年定期的に実行委員会に協力してくれる人たちがいると山下さんは仰っていました。
どんなにアニメが名作でもゴミだらけの町なら幻滅して帰るだけ。イベントが楽しくても町の人の感じが悪ければ居心地良くなくて2度目を考える気にはなりません。
彼らはきっと、湯涌の町であり山下さん達であったからこそ協力しているんだと思います。

そうした愛される町、魅力ある地域にすることが、まず一番の町おこしだと私は思っています。

最後になりますが、ご協力してくださった山下さん、私が訪れた際に親切にしてくださった湯涌の町の皆さま、本当にありがとうございました。今度は宿泊させていただこうと思います。

おまけ:アニメとビジネスについて

この「アニメとビジネス」はシリーズ化させるつもりで考えています。

理由としては元々町おこしとかに興味があるということ、それからアニメに関するお金周りにはまだまだ発展の余地があると思っているからです。

私はたった一人のオタクであり業界に詳しくもないし経済学を専攻しているわけでもコンサルティングの経験があるわけでもないですが、そんなオタクがのんびり考えて書き留めておいたものでも、いつか何かに辿り着けたらいいなという心持ちです。

例に漏れずのんびり更新となるので期待せずにお待ちください。

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